機長の危機管理


桑野 偕紀
前田 壮六
塚原 利夫

講談社



今回は全文抜き出しは完全にはしていません。
かなり私がはしょっています。
それでも一杯書かねばならない箇所があり、随分と時間がかかった。

筆者の一人の桑野さんと日本原子力技術協会の管理者セミナーでお会いし知己を得た。
そして文庫本が出ているということを教えてもらって購入した。
10月31日にお会いして意見交換ができることとなったので、サインをしていただく予定である。








第1章 奇跡的な生還
第2章 機長の実像
第3章 危機管理の仕組み
第4章 組織の危機管理
第5章 自動化の実像
第6章 21世紀への課題


機長の危機管理 第2章 機長の実像 より

なりたての機長に贈る言葉

「機長は偉いがゆえに長(おさ)たらず、責任のために長たらん」

  ⇒ 私が最も気に入ったフレーズ。
    この言葉どおりの感じを昨年の花王の企業訪問で感じました。




○ 自動操縦装置(オートパイロット)
 のことを「やまだ君」と呼んでいる。
 なぜなのか知りませんが「必ず裏切られる」
 でも裏切られて腹を立てていても自分を追い込むだけ。
 だから「やまだ君」も時には「疲れもしよう」、「お腹もこわそう」などと
 優しく親しみをこめてお付き合いすることが機長にとって必要な心得。
 そうすることによって不具合に順応しやすい自分を発見したり、
 裏切られたときに腹が立つようなことも少なくなる。

 ⇒ これは何も自動操縦でなくとも人付き合いでも言えること。   
   機械も人のように扱えという心得か。

○ 手段と目的 (シートベルト)

 この部分を研修所のI女史に見せたところ非常に納得されていた。

 シートベルト着用サインはなんでこんなに長くついてるのかなあ?との疑問は常々持っていた。
 それに答えてくれる見解。

 シートベルト着用の目的は「怪我を回避するもの」
 したがって、めったにつけない。
 揺れもしないのに長らくつけていると誰かがしびれを切らし歩き出す。
 そして、本当に揺れたときに目的は果たせなくなる。
 
 誰かが怪我をしたことに対する機長自身の「刑事責任を回避するため」の
 目的のためなら、つけっぱなしか長めにつける。

 手段が同じでも、目的が誤っていればそれなりの結果しか得られない。
 つまり発揮された技能が結果ということになる。

 フライト前のブリーフィングでの機長の話
 「私は怪我をするおそれがあるような場合にのみシートベルト・サインをつけますから、
  その場合には皆さんが真っ先に着席してシートベルトを締めてください。
  お客様にはアナウンスをして周知してください。
  専門家である皆さんがそのようにするとお客様もそれに従ってくれるでしょう。
  しかし、あなた方がうろうろ立ち歩いている限り、あの娘が歩いているから「俺も大丈夫」
  とお客さまは思うに違いありません。
  そのような意味でシートベルト・サインはめったにつけません。
  ついたときには必ず今言ったようにしてください。
  サービスの可否はインターフォンで打ち合わせましょう」

  事前のブリーフィングで、まず、「何のために」と言った目的をはっきりさせ、
  次に、「どのようにするのか」という手段を明示しておくことは、とても重要なことです。

エアマンシップ 「目的」 脳の周辺部
 フライングスキル「手段」 脳の中心部

○ 人間の自動化

1 全自動化 身についた行動 (スキルベース)  迅速・持続  マルチチャンネルタスク可能
2 半自動化 マニュアルや規則(ルールべース)  (両者の特徴を折半)
3 非自動化 自らの考えに基づく行動 (ナレッジベース) 緩慢で疲労  シングルチャンネルタスクのみ

☆非自動化の行動は弱点だけではない。そこには人間が他の動物と明確に区別できる優れた機能がある。

1 全自動化 習熟する 
2 半自動化 模倣する
3 非自動化 工夫する

優れた機能とは工夫する力、考える能力
機長にとっても、この非自動化された領域の行動は特に重要
それは考えることが新しい環境に適応するために不可欠だから。
そして事故になりそうな環境は、パイロットにとって新しい環境ですから、
非自動化された段階の行動なくして事故を防止することも予防することもできない。

日本の武芸も通じる
1 「形から入りて」 まずは真似 (模倣:半自動化) 
2 「形から入りて」 形が身につくまで繰り返せ (習熟:全自動)
3 「形から出でよ」 形が身についたら自分の型を作りなさい(工夫:非自動化)
基礎の段階は「形」だが、創造の段階に至っては「土台」つきの「型」 (漢字文化の奥行き)

最初は「師匠や先生、教官」を乗り越え、
次に「自分」を克服し、
最後に「未知」と戦わなければ名人や名取になったり金メダルをとることは出来ない。

本では認知心理学では創造の部分ほど脳の周辺部になることを図示している。

○ エアマンシップ 戦術思考と戦略思考

「戦術思考」: 作業主体の考え方 (Tactical Thinking)
         「今」のことに目を向けて「業務」を手落ちなく「実施」すること

「戦略思考」: 「もしも…」のことを主体的に考えること (Strategic Thinking)
         「先」のことを考えて「危機」に陥らないように「方策」をたてることです。

近視的 vs 遠視的
具体的 vs 抽象的
現象的 vs 予知的
現在的 vs 将来的
作業的 vs 政策的
現場的 vs 本社的
手足的 vs 頭脳的
合理的 vs 合目的的
速い、疲れにくい(持続性がある) vs 遅い、疲れやすい(持続性がない)

未経験のことには対処できない vs 新しいことに対処できる、工夫や創造ができる
そして戦略思考ができることが機長の条件、エアマンシップと言い切っています。





○ 四本金筋の機長は部長級の管理能力を求められる
 機長に昇格しようとしている副操縦士には
 「手足は使わないで、頭を使ってください」
 「作業にかかわらないで、作戦してください」
 と注意するのもそのためである。


○ 危機管理能力とはジレンマの克服
 危機管理能力とはそもそも「あることを優先するために、ある危険、つまりあるリスクを冒すこと。」

 危機管理 「排除」と「回避」(セキュリティ・マネジメント)と
      「克服」(クラッシュマネジメント)

○ 体験と経験の違い
 体験とは一過性のもので、その体験が蓄積されたものが経験
 経験は、体験や学習を通じて習熟へと発展し、それなりに法則化され、資料性の高い情報になる。
 
 経験が重要。パイロットが体験を語りだすと、とまらなくなる。

  ⇒ このようなウィットにとんだ文章が至るところに出てくるのが楽しい。

危機は科学されるべきものでそれが機長のひとつの使命でもあります。
そのために経験はとても重要なのです。
しかし危機に気づいても周囲を説得するのはなかなか骨の折れることです。
安全文化の低い組織であればなおさらです。
そのこと自体が危機であったりもします。

1 機長  視点を危機管理に据えて業務管理を見通す
2 副操縦士 視点を業務管理に置いて危機管理を見通す

機長は裏から、副操縦士は表から事象を捉えることが大切。
例えば、離陸する場合、脚上げの実行があるが、
機長は脚が何らかの不具合で上がらなかった場合の事態を考え、
副操縦士は脚を上げる操作のことを考える。

危機管理はなんと言っても危機に気づくこと。
アウェアネスを高めなければならない。
これは能力ではなく「意識」の問題。


○ エアマンシップ
パイロット魂ではなく、人間の思考に着目したとらえ方。
エアマンシップがフライングスキルと組み合わされて、目的と手段の関係を表し、
さらにある期間とある時点の技能がとらえられるようになって信頼性を技能にも
適用できるようになった。
 ⇒ この意味がよくわからない。
   桑野先生に聞いてみよう。

エアマンシップは危険に対する免疫性も表現。
フライングスキルの赤血球に対して、白血球の働き。
「気をつけて!」と注意を喚起。

奥の深い概念なのでおいそれとそれに代わる言葉が見当たらない。


○ 危機感
危機感は何らかの体験や経験などの「学習」によって身につく。

危機に長時間さらされると危機感は一般に薄らいだり喪失したりする。

「高所平気症」 高層マンション

「無知や未熟さ」「便利さ」
「観念的なもの」 現金ではなく書類やカードでの多額の借金
も危機感を喪失させる。

「安全」も、とかく観念的な扱いをうけやすく、しばらく事故がないと
「安全である」と錯覚して徐々に危機感は薄らぐ。

「システムが巨大化する」ことも危機感を薄くさせる。
おのれの存在や役割が相対的に小さく感じられ、その流れに身を任せておいても
さしたる不都合は起こらないと、ついつい思ってしまう。

○ 心的態度と価値観

心的態度とは人間の感性につながる「意識の傾向」

1 積極性     → 運転にたとえると速度
2 状況認識性   → ハンドル
3 品格性 (品格に性がついているのは違和感があるなあ)→ 乗りごごち
4 協調性     → 車間距離

心的態度は感性に直接影響され、感性の程度に応じて高くも低くもなる。


考え方は哲学観や倫理感などの価値感
価値感が感性の上位に君臨する
 (真実を秘匿する例)
「理性」と「本能」の2極
理性…哲学観、倫理感、宗教観などの価値感
本能…食欲、性欲、物欲などの欲求

この両極の特徴を理性と本能の並びで対比

「動物性」 人間的⇔野獣的
「情緒性」 自制的⇔感情的
「論理性」 合目的的⇔合理的
「学習性」 系統的⇔個別的
「社会性」 奉仕的⇔利己的
「教養性」 理知的⇔直感的

理性に傾くと脳の周辺部が活発化。
人間の脳は、周辺部で理性をつかさどる大脳新皮質が他の動物に比べて特に発達している。

このあとマズローの5段階欲求説が出てくるのだが
この見解が私とは違う。

最後の自己実現欲求も
自己実現、願望成就などを果たしたい欲求として
所詮、本能の欲求と捉えている。

そして、こう述べている。

ですから、価値感をできるだけ本能の側からできるだけ遠ざけ、
理性の側に維持することはとても大切なことなのです。
「教育」は理性を本能から遠ざける最も効果的な手段です。
教育によって危機感も正常に働くようになるものです。

→私は自己実現は本能ではなく理性のものだと思っている。


○ 意識の腐敗
みずから技能を高めようとする意識がまことに堅固なものとなって持続されるのは、
「人様のために」と心から思っているときで、
「試験のために」と思っているときには、それがかなうとやがてその意識は消えうせていくに
違いない。


会社にたとえると
1 心的態度  … 現場
2 感性    … 本部
3 価値感   … 本社

→ うーんこれにはちょっと違和感あるなあ。



○ 教育は意識を高めること
 でもあるから、特に機長を育成する場合には技能訓練に終始せず、
 考え方をしっかり身につけさせる教育が必要。
 機長の価値感が人間愛に根ざしたものにまで高められなければ、
 真の航空の安全はありえません。
 ヒューマンファクターは「人間愛なくしてヒューマン・ファクターを語ることなかれ」と
 言われるのも同じ観点に立った考え方。
 すべては意識を腐敗させないこと、このことがそれらの原点になっている。

★★ この言葉は非常に響いた。
   全く同じ思いであるからである。


第4章 組織の危機管理

○ 文化
・人間の生活においては社会と文化が表裏一体
 それゆえ文化は、
 「その集団が意識せずの行う行動パターンに、思考や理想、価値感の体系をすべて合わせた集合体」と表現されることが多い。

 真,善、美が文化の物差しであり、まさに文化によって異なるものの代表。

 

○ ユーザー・オリエンテッド
 航空分野ではベクトルの向きを顧客指向をこう呼んでいたようだ。
 「オレさえよければ」「会社さえよければ」ということになってしまえば、スカラーの世界、
 「ベクトルなき戦いが組織を支配してしまう。


第5章 自動化の実像

○ コミュニケーション
 コミュニケーションには「他人とともに持ち合う」ことの意味合いがあり、
コミュニケ(communique) (共同声明)、コモン (common)(共通の)、コミュニティ (community)(共同体)などの
「共通性」の概念を含んだ語系があります。
これはコンヴィニエンス (conveinience)(便宜)、コンヴァーティヴル(convertible)(転換しうる)、
コンヴァーター (converter)(変換器)などの融通性の概念を含んだカンヴァセーション (conversation)(会話)とは
一線を画しています。

 コミュニケーションであるべきところをカンヴァセーションがなされたための事故も起こっている。

 → 含蓄のある話しであった。


第6章 21世紀への課題

○ 自律
 赤ちゃんの自立ではなく、危機管理には「自律」が大切

○ 人間の脳
 人間は動物とは異なった脳が与えられています。
 それは脳の周辺部に存在する大脳新皮質で、考えるために人間だけに備わっています。
 その脳が思考しなくなったら、万物の霊長たる資格は消え失せ、他の動物と区別することはできなくなってしまいます。
 人間はものごとを学び、真理を求めることによって、初めて人として存在する意義があります。

 危機管理の原点もまたそこにあります。
 自分で生きていくために、自分で道を求め、自分で判断すること、
 つまり自分で考え思考することが危機管理ではとても大切なのです。

○ 効率性追求
  効率性と合理性だけを追い求めた結果、物質的には豊かになった反面、失ったものが多くなりました。
  その最も大きなもののひとつは、将来に対する確固たる自信です。
  科学の行き着く先がどのようにしてなるのかを見極められないでいるのです。
  そのような不確定な戸惑いが、自由や平等についても混乱を来たしています。
  「自由」と「勝手」が履き違えられたり、
  「平等」と「同等」が同じように思われたりしています。




  誇りや気品を感じさせる言動も希薄になってきた。
  「……とか」「……っていう感じで」などという最近の話し言葉は、
  断定を避け、主張を曖昧にする風潮を感じさせる。

   → ちょっと耳が痛い。こんあ表現を使ったことがあるような気がしている。
     気をつけよう。



  戦後の経済成長は、日本人が基本や決めごとに忠実でその場を乗り切る技術に優れ、
  黙々と働くという下士官気質に追うところが大だった。
  その一方で、決められたことは立派に出来るが、それ以上のことは何もできない、
  何かよりどころがないとものごとを決められない、などという結果にもなってしまった。
  ですから、「前例がない」と答える人が増えています。


  経済が大きく発展し、物質的には豊かになったものの、人の心は置いてきぼりをくっているのです。
  産業革命以来はびこった効率性と合理性を追求した生産至上主義、あるいは客観性が常に正しく、
  主観の排除にやっきとなった科学万能主義に伴うものの考え方にも起因していると考えられる。
  「衣食住足りて礼節を知る」という言葉がありますが、
  人間の基本的な欲求には、生理的なものから自己実現に至るまでのいくつかの段階があります。
  自己実現の欲求は労働価値感としては最も高いもので、自分の可能性を実現し自己の発展を継承し、
  広い意味で創造的なものです。
  しかし一億総中流意識と言われて久しく、生活が安定する中で、価値感はますます多様化しているのですが、
  自己実現の欲求が実現しているようには見えません。それはやはり物的な報酬といった外面的な欲求から
  逃れられずにいるからではないかと考えられます。今や私たちは内面的な充実を目指して、
  人としていかに生きるか人生をどう生きるかを哲学し、ライフ・スタイルを文化的にも豊かにするよう
  高めていかなくてはなりません。

 → 私が到達しつつある思いと全くもって同しありわが意を得たりである。
   マズローの5段階解釈が前半部とズレているのは筆者が違うのかも知れない。


2006.10.24 記